死にたいっていうのをやめることにした
本当に死にたくて 死のうとしても 死ねなかった
私の死にたいは 逃げたいと 同じことだったんだ
だから、もう 死にたいっていうのを やめることにした
逃げたいって思うのを辞めるにはまだ少し時間がかかるから
できるだけ、つかれた ってつかれたって 言うことにしたよ
生きるってことは 疲れるんだけど
頑張ってみようかな

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2011/04/20 06:27 | Comments(0) | TrackBack(0) | 脳みその中身
誰のためのものなのか
映画でも、芸術でも、命でも
誰のためのものなのか、たまに考える
それは、自分が提供するがはの人間だということに最近やっと自覚というものが芽生えたから

東京に住んでいたころは、日本の映画と海外の映画を見る比率は3:7くらい
ましてや、映画館でみるとなると 1:9くらい

昔付き合っていた男の子は、日本の映画なんて映画館で見るに値しないなんてひどいことを言っていたもんだなぁと

ベルリンでの生活も1カ月
今のところ深刻には困ることはあまりない

ただ、本当に日本とは価値感が違いすぎておどろく
まず、だれにでも話しかける
この国には人見知りというのが人見知りというのがないみたいで、シャイという言葉でまとめられる

恥ずかしい。まさにその通り。恥ずかしくて初めての人とはうまく話せない

それと、生命にたいする価値感がまるで違う(この辺はまた後日言葉がまとまったらゆっくりまとめます)

いろいろと価値感がある中で、日本の映画は映画館で見る価値がないというのは
ものすごく寂しいことなんだろうな
その日本の映画も寂しいし、その彼もすごく寂しいよね

映画は誰のためのものなんだろう
日本で作った映画は、日本の映画館で上映する
アメリカで作った映画は、アメリカで上映する
フランスで作った映画は、フランスで上映する
日本で作った映画を、日本で上映した時に、日本に住んでいる人が見てくれなかったら
日本で作った映画を、アメリカで上映した時に、アメリカに住んでいる人は
果たして見てくれるのであろうか?

東京で暮らしている時に、もっと身近にいる人たちの作品とその声をちゃんと聞けなかったのが悔しいなぁなんて
不思議とそんなことを考えたりしました。

不思議といえば、私はも自分で自分を支えることがすごく難しくていろんな依存を繰り返してきたけど
最近は、自分を支えるのに何が必要で、どうしたらいいのか、なんとなく分かる気がしてきた


重たいものを 運び続けると
手が痛くて ひりひりする
途中で下ろしたいけれど
持ち上げる時には もっと重たい
いつもの道が 果てしない 砂漠を歩くような
遠くのほうで 蜃気楼は 夢うつつ
手の痛みで 戻る意識

ひとりで運び続ける その 重たい荷物は
そんなに 大事な ものですか?

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2011/04/19 05:13 | Comments(0) | TrackBack(0) | 脳みその中身
アートとのつき合い方。
今までは、自分の世界で暮らしていて
夢や妄想の中で生きていて

表現を発表するという形のアートよりは
誰にも壊されたくない世界に棲みつくとゆう形だったので

今日、誰かに素敵な絵だねと言われることが
こんなにも嬉しくて楽しい事だとゆうことを知りました。

そうやって、いろんな変化があるのは
きっと何かを変えたいという意識と
変化を受け入れる時の苦しさと
新しい発見と
いろいろと、マーブル模様になっているみたい

一人の時間よりも
誰かと共有する時間も素敵だということを知りました。

それでも愛想笑いが上手にできないのが
まだまだ課題です。

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2010/08/16 23:42 | Comments(0) | TrackBack(0) | 脳みその中身
たくさんのうそをつきました
今週はダークサイドで暗闇に棲んでいたので
明日、お山に怒られないか心配ですが
なにはともあれ
二本の足が元気なうちに
たくさん登ってきたいと思います!

今週はたくさん嘘をつきました

自分で自分をしかりたいと思います。

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2010/04/23 22:12 | Comments(0) | TrackBack(0) | 脳みその中身
自分がどこにあるのかなんて
たまに、考えたりもします。

でも、最近はどこにあるのかではなく

自分が、どうあり続けるかの方がかなり重要な課題になって来てます。

昼間はお花屋さんでのんびり働いて、夜はお酒を飲みながら酔っぱらいの相手をしたりされたりして。

休みの日にはお山に逢いに出かけたり、映画を観たりしながら

毎日のんびり暮らしてます。


お山に逢いに行くのが今は一番楽しいです。

このまま、どこかふらふらと流れつきたいけれど

最終的にはこの部屋に戻ってきます。

そして、退屈な日常を繰り返しては、また、ふらふらと遠くに出かけます。

私が一体どこにいるのかは、問題ではない。

私は、自分の足でどこへでも歩いて行けるのだから。

だから、どこに歩いて行くかが大事なことなんだなぁとつくづく思います。



きっと、くたくたになって、もういいなって思える日が来たら

きっと、神様も、お疲れさんーなんて言ってくれるかしら。

でも、まだまだ、歩いて行きたいところはたくさんあります。

だから、きっとまた素敵な出会いがあるし、辛くて苦しい道のりもあるんだろな。

神様、風の歌をありがとう。

そんな事を感じた、金峰山縦走でした。


天気はぴーかん。

雲一つなくて、風も優しい春の息吹でした。


頂上付近で、神様の鼻歌が聞こえました。



あんなに優しい音?風?を聞いたのは生まれて始めてです。

不思議で、素敵な事は、まだまだたくさんあるみたいです。

お山さん、ありがとう。


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2010/03/16 18:13 | Comments(0) | TrackBack(0) | 脳みその中身
たどりついたばしょは


肉体に、魂がとどまってます

そして、行く先は、無

げーじゅつも、おんがくも、なにもかも

最近、思う事はこれ以上創ってどうするんだ?とゆうことです

おやまのなかで、はだかでくらす、どうぶつになりたいです



わたしは、社会という場所で、人間として、生きていますが

それを放棄したいと、思います


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2010/03/06 19:11 | Comments(0) | TrackBack(0) | 脳みその中身
関わる、交わる
空っぽの音が聞こえたり

空っぽの事について考えたりする毎日です

ずっと何かが引っかかっていて
他人と比べたり
ひがんだり、恨んだり、悲しくなったりしながら

もう、そんなことはやめようと思った

空っぽの音や空っぽたちは存在してるんです

空っぽって何の事なのか分からなくて
ずっと苦しかったんだけど

空っぽの事が分かりました

空っぽは、そこにあったものが全てなくなったら空っぽになるんです

はじめから何も無いところは空っぽじゃない

有があってはじめて無が存在することに気がつきました

そう、そこに在ったものが全て無くなるってことが
空っぽなんです

はじめから、無の場所は空っぽじゃない

だから、空っぽは悲しい響きなのかな

空っぽを感じるってことは人間のどこの部分なんだろう

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2009/12/26 23:39 | Comments(0) | TrackBack(0) | 脳みその中身
 そんな下らないこと言ってないで

もっとちゃんと作品と向かい合います。

ごめんなさい。

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2009/03/01 01:58 | Comments(0) | TrackBack(0) | 脳みその中身
イロイロと
書きたいこと
描きたいこと
伝えたいこと

たくさんあります

体の中が夢であふれそうです

言葉にならないこの気持ちをどうやって処分したらいいのかわかりません


少しずつ整理した方がいいのか

このままぐちゃぐちゃのままでいいのか

どっちがイイのか分かりません


当分、社会復帰は無理でしょう・・・


少しずつ整理・・・

神様、

このままでありたいと思うのは、わがままですか?

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2007/07/31 17:00 | Comments(0) | TrackBack(0) | 脳みその中身

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