芸術ってなんだろう


極端な話、例えばの話なんだけど
ここに2枚の絵がある
1枚は真面目に目に映るものを描いたもの
2枚は不真面目にでたらめに、秩序を乱して適当に目に映るものを描いたもの
前記は、まだ写真の技術が発達していない時代ルネッサンスなんかのモネとかルノアールとか
宗教のための存在だったり、いろいろとそれなりに存在することでその機能を発してきた
後記はピカソや太郎やセザンヌとか、キャンバスの中でその存在するということを壊した
そしてマルセルデュシャンは、その存在の存在を壊してしまった

今、私が一生懸命追いかけているつもり、つもりなんだけど
一生懸命追いかけてるのは、存在するそのものの存在だから
その永遠は永遠なのか?という出口のないことをおいかけてるつもりでもいる

でも、つもりっていう理由は
私はまだキャンバスの中でさえ芸術の存在を壊せないでいる
他人の評価が怖くて、偽物を作っている気分だ

ううん、それは偽物じゃない
けれども本物でもないんだ

もうこの際そんなものはどっちだっていい

切りがなさ過ぎてうんこのにおいがしてきたよ!

くさいなぁ。

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2011/06/16 09:34 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
自慢できるもの

ベルリンで暮らしていて、今までにない経験や物事を見ると
自分の中のいろんなものが触発されてたくさん考えられるいい機会になる
ネガティブだったり、ポジティブだったり

月に一度はフェスティバルがあって、大きな通りが閉鎖されあちらこちらで音楽が鳴り響き(大音量)
人々は皆ビール片手に踊ったり笑ったりそれはもう幸せそうな表情で
おもしろいのが、レストランも出店を出すんだけど負けじとこちらも大音量で好きな音楽を流すからこれまたカオス
友達は日本にはこんなにお祭りないでしょ?といわれるけど、縁日だったりお神輿だったりあるわけで
全く同じではないけど、似たようなものならあるよって話すと少し機嫌を悪くするので困る
自分の国を自慢したい、誇りに思うのは良いことだけど、この国の人たちは自分が住んでる国が一番だと思い過ぎている一面があり
たまに機嫌を取るのにつかれる時がある
そんなことはしなくてもいい、気を使うななんて言われるんだが
私からしてみれば、こんなの水掛論なのでどうでもいい
でもいちいち機嫌を損なわないでもらいたいな
やっぱりアジアは少し見下されてるのかなぁ
たまに、くだらないジョークでもすごく腹立つこともある
思いやりというか、気遣いができる日本はいいなぁなんて考えるけど
腹の中のさぐり合いも馬鹿馬鹿しいもんである

とにかく、ドイツ人は非常に自分の国に誇りを抱いていてこれはいいこと
けれども、たまに自分たちが一番!って強く思い過ぎる個所もある

前振りが長くなったので何が書きたいのか忘れるところだった
今日はカーニバルのフェスティバルでサンバやらアフリカダンスやらアイリッシュやら世界中の踊りと音楽が行進していく
一応日本と韓国、中国もあってこれまた失笑せざるを得なかった
韓国は、いつものあれケンガリだのチャンゴだののあのおどりね。
しかし、スローガンが竹島は韓国の領土!だった。
中国はもう意味不明すぎる。その意味不明さが中国らしいので想像におまかせしたい
んでもって日本はというと、コスプレイヤーの集団だった
秋葉原の街にいる若者が30人くらい集団になってるだけだった
この人たちは踊りなんて踊らないんだろうな、、、

ねぇ、自慢できるものって、そんなに大事なの?

はぁ、しんどー

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2011/06/13 05:15 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
言葉は必要か否か


現代において、いろんな情報があふれる中
芸術作品を言語化するのは必要かどうか

今日は音楽フェスティヴァルがあるというので
町中で、大爆踊り狂ってきたストリートでおどってきた。
どの世界でも、お祭りになると若者は元気になる。
しかし、倉庫だの、野原だの、屋根の上だのあっちこっちで踊る人々。
つか、屋根ってどうやって登るのよ!笑
若者と音楽に囲まれながら、ふと芸術作品の言語化は
必要かどうか、しきりに考えていたのである。
ビールとエレクトロニックに囲まれながら。

ベルリンにきてから、自分はどんなものを描いていて
たまにどんなものを作るのか、相手に伝えなければいけない機会がとても増えたのだ。

日本ではまったくそんな必要なんて無かった。というか、しなかった。
けれども、わたしはここの国で言語というハードルをもっている。
いくら作品をこなしても、言葉が非常に重要なポジションにあるのでこれがまた面白い展開になるのである。
どうも、私の脳味噌は少々ブットビなときがあるので 、たまに大爆笑を喰らう時がある。
まぁ、笑ってくれたらそれはそれで良いのだけれど。

私がこんな変化を遂げたのは、インターネットの仕業でもある。
ソーシャルネットワークの発展とネットの普及によっていろんな文化が開放された。
それと同時に、音楽ではmusic videoでの位置付けが高くなった。
映像は今までテレビや映画の中が1番身近な存在だったのが、インターネット回線とパソコン操作が少しできれば
だれでも好きな時に好きなものを楽しめるのである。

それだけじゃない。
けど例え出したらきりがないのでやめとく。

というふうに、変化と文化は並行しているように思えるので
私も、変化を恐れてはいけない。
ベルリンではなるべく言語化するように心がけている。まだまだ時間はかかるけど。
作品についてお話する時に、話すべきこととそうでないことを編集する。
それは、プロデュースするということ。
作品を並べてしまえばそれまでだけど、作品を並べるまでのプロセスも必要で
クラシックでいうと序曲。
いい具合でないと、のちのち困るのだ。

そんなことを考えた、五月の野外レイブでした。

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2011/05/02 03:52 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
失敗する芸術


今週も何件かお友達の展示会に顔を出したりイベントに行ってみたり
ベルリンでの芸術の印象は、流行がない。
そんなイメージ。
みんな、それぞれ好きなものを好きなだけ作ってるかんじ。
子供のころに唯一自由を感じられた図画工作の時間みたい。
40さい、50さい、20代の若者。
それぞれ、年齢を感じさせない作品がたくさんある。
ひとまとめには言いくるめられないけれど、40代のアーティストの作品は幼稚園の子が作るような粘土作品だったりする。
若者の作品は、ちょっと病的。
ドラッグがはびこっていたり、精神世界だったり。
変態的なものが多い感じがする。タヘレスの蠅とか特に。
そうかんがえると、今の若者は病んでいて
年を重ねる事に元気になっていく。

ベルリンの展示会場は戦争を思い起こさせるような冷たくて寒い裸の煉瓦が剥き出しになっていたり
地下室なんて、どこもかしこも防空壕を連想させる。
そして、においは、あの、平壌や発展する前の北京の地下鉄のにおい。
独特なひやりとした空気と乾いた砂のにおい。
しかし、面白いことにここの芸術作品はうまい具合にピントがずれている気がしないでもない。
全部が全部韓制度が高かったら、面白味にかけるんだろうけど
例えると。
すごくきれいな景色の写真なんだけど、構図が惜しかったり
かるーくピンボケしているような写真。

いつか、だれかが言っていた言葉を思い出す。
クロッキーやドローイングを100枚描いたとして、その中に1枚でもとても良くできた絵があれば良い方だ。って。
確かに、毎日絵を描いていたり作っていたりすると恐ろしい失敗作が生まれることもある。
むしろ、ほとんどの作品に満足が行かないようなもんなんだけど。

ベルリンでの芸術家さんたちのすごいところは、失敗を恐れないってことかな!

100枚の作品の中に1つも納得が行く作品がなかったとしても、それを発表して次のステップに進もうとすることが良いところ!
次のステップのための失敗だと思えること。
これは、いまの私にとってすごく重要なこと。

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2011/05/01 06:16 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
進化論
25才 ここに戻ってくるのが前提で旅に出た。沖縄まで、歩いたりバスに乗ったりいろいろ放浪しながら。

28才 ここにはもう戻って来ない。帰りたい場所は、私にとって帰るべき場所じゃなかった。

だから、帰る場所はいらない。
まっすぐにただ前に進むだけ。

それが私の進化論。

26才の誕生日にアトリエを飛び出してどっか遠くに行きたいと思いながら
現金を握りしめて、旅に出ました。

あまり記録は無いけど、その時の日記はこちら
■■■

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2011/02/15 01:45 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
私の願い事は
私の願い事は、何だろう

そんなことも解らぬまま、私はベルリンに旅立ちます
もう、日本に戻ってくる予定はありません

何かを見つけに行くのではなくて
何だろう、生きる事をもっと人間の本質的に行いたいという最近の願い

そうだ、私の願い事は人間らしくあること

人間とは、欠点を抱えている
それは他の動物のように機能的な欠点ではなく
内面的な欠点だったり、人と人の繋がりで生じる欠点だったり

人間は5体満足から始まる
そして、知恵を身につけ道具を使う

確かに5体満足でない人間や、知能障害と呼ばれる普通の境界線からはみ出る人間もいる
けれども、同じ空気をすいながら赤い血を流れている人間同士で
普通、異常などという境界線があるのが悲しい
そしておかしい

私の願いは、人類皆兄弟、みんなで仲良く
喧嘩しないようにお互いを思いやる

けれども、私は東京で人間付き合いに疲れてここから出て行く様なものだ

人間の事は嫌いじゃない

でも、もう資本主義にうんざりなんだ。
かといって、ベルリンに何か他の脱出口があるわけじゃない

私は私でいたいんだ
誰も傷つけたりしない、凶暴な人間の欲を捨てたい

それが私の願い。

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2011/02/08 19:06 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
一晩で何回も更新するなってね
去年、北京に行った時に何故かこっちに日記を書いてなかったので

mixiの自分の日記を確認したら、何やら面白い事たくさん書いてあったのを思いだしたのですが

私、本当に旅人になろうかな。

自分で云うのもおかしいけど、こんなに言葉が溢れ出てくるんであれば芸術家やめて物書きにでもなろうと本気で思い始めました。

何か、できるんじゃないかと小さな期待を抱いてます。

そんな今夜は3回も更新してます。

なんて極端な性格なんだ!

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2011/01/08 02:42 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
非公開の詩
爆発する妄想と不安

それはいつも誰かを待っていること

何も変わらない、子供のときから誰かしらを待っていた

期待と希望を抱いて、明日こそはと

けれども、その希望は薄くなるにつれて絶望になり

自分は一人ぼっちだとゆうことを再確認する

それでいいのだと思えるような大人になっても

手に入らない、満腹感は私の思考を膨大化させる

それはまるで醗酵しはじめた菌のように

私の妄想は止まらない

学習能力があるのなら、もう同じ思いをしたくないのなら

同じ過ちを犯さないために予防線を張るものなのに

それでも、期待を抱くのは私が若いから?

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2011/01/08 02:33 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
2011年のはじまりは


あけましておめでとうございます

新年あけまして、風邪引いて寝込みましたが念願の雪山にも行ってきました

行き先は北八ヶ岳の東天狗です

黒百合ヒュッテに泊まりました

やっぱり八ヶ岳は、日帰りでも行けるくらい良いところですね

これからは、ピストンで行って来れるくらい雪山に慣れてきました

でも、慣れた頃に気が緩むと事故のもとになるので気をつけたいと思います




さてさて、年始は毎回心が病んでしまうのが毎年の行事で

歳を重ねるごとに、それはそれは耐えきれないほどの死にたい病になってしまうので
今となっては誰もお誕生日おめでとうなんて言わなくなりました
むしろ、私は誕生日なんて必要ないと思い始める今日この頃です

とはいえ、私は誰なのか
これからどうやって生きて行くのか毎回毎回悩んでは死にたくなって
どうしようもない無限ループなんです

かれこれ一週間引きこもって、ネット以外の人間とコミュニケーションをとっていないので腐り始めています

私はどこに向かうのか、これからの試練になると思います

前向きとか後ろ向きとか、今の私にはそんなに関係ないみたいです

とにかく、どうしたら良いのかわからないので

どうにもしないことにしました

そんな新年でした

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2011/01/08 02:00 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
気分が暗いのではなくて
自分の性格が、もとから暗いとゆうことに気がつきます。

昔は、他人と比べて明るく振る舞ったり楽しそうなフリをしたりして自分を偽って生きていましたが

もう無理にそんなこともしなくても良いと思うようになりました。

思った事を口にして誰かを傷つけたりするのも、自分も相手も両方気持ちが良いものではないので

これからは、必要最低限、誰かとコンタクトをとるのは辞めようと思います。

酔っぱらって饒舌になることはあっても、最近は珍しく酒もあんまり飲めないし(ひどい二日酔いになるので)

まぁ、もともと子供の頃から寡黙タイプだったので無理にあれやこれやとしゃべる練習なども必要ないかと。


しゃべる練習?って思うかもしれないけど

わたしは、常に誰かと話すときに、自分が言うべき言葉を頭の中で何回も反復してこれを口にして伝えても良いのだろうかと考え込む傾向が有るのです。

まぁ、仲の良い人とはそんなことはあまりしませんが

言葉をする事自体、むかしっから苦手だったので

ネットはかなり棲みやすくて居心地の良いものなんでしょうね。

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2010/08/02 22:00 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
ちょっと疲れた
生きるとか

信じるとか

待つとか

背徳感とか

人生とか

お金とか

生きている時間が長い分

色々なものがついて回る

そんな一日もあるもんだな

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2010/04/19 00:23 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
こうやって、生きている事に
頭痛を覚えます。

また、空っぽの音が騒ぎだしました。

神様、人の命って何ですか?

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2010/02/22 17:10 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
死神と出会う。
 夢の中で死神と出会いました。
消滅へと向かわせるけれど、その先には再生があるのです。
怖いとおもいながらも、死神は悪い方向へとばかり向かわせる役だけではないと感じました。
あの冷ややかな感じや雰囲気はまさに死という消滅の象徴なのでしょうか。

失うことは冷たいイメージ
産まれる事は、あたたかい体温のイメージ

昨日、地球の事を考えながら歩いていたら悲しくなってしまった。

無機質な地下鉄や、地下道、都会は嫌い。
人間の文明は素晴らしいものだけれども、はたして地球は人間の文明のために存在しているのか?

個人的な答えはノー。

災害や、地球の活動には人間はどうあがいても逆らえない。

小さな人間達が、地球の上でごちゃごちゃとせいかつしているイメージ。

それはまるで、夏の畑で見かけるありの群れのよう。



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2010/01/29 13:50 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
とけいのはなし
 おじいちゃんが使っていた時計は
しゃべる時計

でも、もうしゃべらなくてもいいから
しゃべる時計はならなくなりました

おじいちゃんの部屋には時計が無くて
でも、しゃべる時計が1時間ごとに時間を教えてくれました

でも、もう時間を教える相手がいなくなってしまったのです

気がついたら、おじいちゃんのしゃべる時計の時間は止まってました

おじいちゃんの時間もあの日から止まってました

おじいちゃんの時間はどこにいったんだろう

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2010/01/08 02:18 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
 カフェイン過剰摂取、アンチズム
 一人の時間が多いいと、それはそれで充実した時間を過ごせるんだけど
コーヒーを飲み過ぎてしまうのと
タバコを吸いすぎてしまうのと
アンチ的な思考に走りやすくなる

アンチといっても、その対象に対して何かしら詳しい知識が有る訳じゃなく
ちょっとしたことで嫌いになってしまう様な低レベルな話

太宰治は、人間を馬鹿にしているようで嫌いだし
安藤忠雄は、趣味の悪いものを作り続けているから好きになれない

ショパンは鬱蒼としているし
モーツアァルトはキラキラしていて浮ついている感じ

だけど、そういった一方的な主観じゃなく
もっと他の魅力を探し出したらまた違う世界が見えてくるんじゃないかなと

思ってみたり。。。

さすがに今日はコーヒーを三杯も飲んでしまったから
やめようとは思うんだけど

でも、飲みたかったりする。。。

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2010/01/05 14:57 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
さーて今年の目標をさくっと
 久しぶりに充実した正月を送りました。
明日から、またお仕事再開です。

空っぽの音は聞こえなくなってしまいましたが
そこに有るものを受け入れるという器の準備ができたからかもしれません。

それを腐らすか活かすかどうかは自分次第。
材料はたくさんあるみたいです。

今年の目標は、病気をしないこと。

そして、作品作りするためにたくさん勉強すること。

作品を作りたいと思っても、その引き出しがまだまだ足りないので
いろんな事を学びたいです。

そして、全ての命達をもっと感じる事。

たくさん課題はあるのですね。

規則正しい生活をして、まずは病気をしないようにします。

いつか世界が変わって見える日が来るなんて思っても無かった。

でも、世界が違って見える日がだんだん近づいて来ている気がします。

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2010/01/05 02:35 | Comments(0) | TrackBack(0) | ひとりごと

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