誰のためのものなのか
映画でも、芸術でも、命でも
誰のためのものなのか、たまに考える
それは、自分が提供するがはの人間だということに最近やっと自覚というものが芽生えたから

東京に住んでいたころは、日本の映画と海外の映画を見る比率は3:7くらい
ましてや、映画館でみるとなると 1:9くらい

昔付き合っていた男の子は、日本の映画なんて映画館で見るに値しないなんてひどいことを言っていたもんだなぁと

ベルリンでの生活も1カ月
今のところ深刻には困ることはあまりない

ただ、本当に日本とは価値感が違いすぎておどろく
まず、だれにでも話しかける
この国には人見知りというのが人見知りというのがないみたいで、シャイという言葉でまとめられる

恥ずかしい。まさにその通り。恥ずかしくて初めての人とはうまく話せない

それと、生命にたいする価値感がまるで違う(この辺はまた後日言葉がまとまったらゆっくりまとめます)

いろいろと価値感がある中で、日本の映画は映画館で見る価値がないというのは
ものすごく寂しいことなんだろうな
その日本の映画も寂しいし、その彼もすごく寂しいよね

映画は誰のためのものなんだろう
日本で作った映画は、日本の映画館で上映する
アメリカで作った映画は、アメリカで上映する
フランスで作った映画は、フランスで上映する
日本で作った映画を、日本で上映した時に、日本に住んでいる人が見てくれなかったら
日本で作った映画を、アメリカで上映した時に、アメリカに住んでいる人は
果たして見てくれるのであろうか?

東京で暮らしている時に、もっと身近にいる人たちの作品とその声をちゃんと聞けなかったのが悔しいなぁなんて
不思議とそんなことを考えたりしました。

不思議といえば、私はも自分で自分を支えることがすごく難しくていろんな依存を繰り返してきたけど
最近は、自分を支えるのに何が必要で、どうしたらいいのか、なんとなく分かる気がしてきた


重たいものを 運び続けると
手が痛くて ひりひりする
途中で下ろしたいけれど
持ち上げる時には もっと重たい
いつもの道が 果てしない 砂漠を歩くような
遠くのほうで 蜃気楼は 夢うつつ
手の痛みで 戻る意識

ひとりで運び続ける その 重たい荷物は
そんなに 大事な ものですか?

拍手[2回]

PR

2011/04/19 05:13 | Comments(0) | TrackBack(0) | 脳みその中身

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントを投稿する






Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字 (絵文字)



<<死にたいっていうのをやめることにした | HOME | 死ぬことをあきらめたら、>>
ブログ [PR]就職 不動産売却